未来への構想





『愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る。』
                         ―ナポレオン・ボナパルト―


 東欧の地、山深く霧の立ち込める中に、その古城はひっそりと佇んでいた。
この城は、かつてこの地を他国の侵略から救った英雄のものであったが、英雄が民を守るために行った残虐な行為のためか、城からは不気味な気配が漂い、近付く者は絶えて久しかった。
だが、邪気を帯び人間でなくなった者たちにとっては、この城が放つ雰囲気は居心地の良いものであったのかもしれない。かつての住処を追われ、あてもなくさ迷っていた男と少女は、何かに惹きつけられるようにこの地に辿り着き、この城に住み着いた。

 この夜も霧が深かった。城の上空には雲が立ち込め、周囲の森は静寂と深い闇に包まれていた。 城の中で灯っている灯りは、住み着いた二人がいる部屋の暖炉の炎しかなく、城の中に響く音も、暖炉の炎が燃える時に立てる音だけであった。
静寂の中、ラファエルは、エイミが僅かに肩を震わせているのに気がついた。
「エイミ、寒いのか。」
エイミは、首を横に振った。
「…渇くのか。」
エイミは、今度は首を縦に振った。
ラファエルは、エイミの肩を自分の胸に抱き寄せた。
「私も渇く…」
 あの蒼騎士との対決で深手を負い、やっとのことで死の淵から目覚めてみれば、自分の体は最早元の人間のそれではなく、奇妙な感覚に支配されるようになっていた。昼の気だるい感覚には我慢できても、夜に襲い掛かってくる強烈な渇きは耐え難いものがあった。しかも最悪なことに、その感覚は、この世で最も大切な者にも現れていた。
この感覚に襲われる度、ラファエルは、かつてエイミと暮らしていた南フランスでの出来事を思い出す。イヴィル化による異常な行動を、流行り病と思い込んだ領民に追い立てられ、落ち延びることになった出来事。その時の屈辱は、かつてソレル家の一族から裏切られ追われた屈辱とも相俟って、未だラファエルの中で燻り続けていた。
 しばらく忌まわしい過去の記憶に思いを馳せていたラファエルは、胸元に抱いていたエイミが、僅かに不安げな眼差しを自分に向けていることに気がついた。
「何でもないよ、エイミ。」
ラファエルは微笑を作って向けた。
「気晴らしに散歩でもしよう。」

 ラファエルはエイミを部屋から連れ出し、一緒の馬に乗せると、寒くないようエイミの体を自分のマントで覆い、城の周囲を覆う森に繰り出した。馬はゆっくりとした足取りで霧深い森の小道を抜け、やがて領地を眼下に見渡せる崖の上に出た。領地にはあちこちに灯りが灯り、まるで夜空に浮かぶ星の群れのように、闇夜に静かに輝いていた。
 あの灯りの下では、家族が夕食を囲みながら談笑しているのだろう。互いに寄り添って、ささやかだが幸せなひと時を過ごしているのだろう。自分たちが灯している灯りもまた、互いに寄り添って灯す、ささやかだが幸せなものだ。
しかし、今眼下に広がる灯りと自分たちの灯りには、決定的に違うものがある。領地に広がる灯りは、互いに他の灯りを受け入れ、いくつもの灯りが群れを作り、寄り添うように点在している。今自分たちが灯している灯りは、人の近寄らない山中の古びた城に、隔離されたようにひっそりと灯され、眼下に広がる灯りの群れには決して入ることのできないものだ。
自分はそれでも良い。下らない貴族社会とは縁を切ったも同然であったし、かといって自分で物事を考えることもできない愚か者共にも興味はない。この世界に受け入れられずとも、エイミさえいれば自分は幸せだ。
だがエイミはどうだろうか。いつかは自分は、エイミを先に残してこの世を去ることになるだろう。その時エイミは、この世界の中で生きていかなければならないのだ…

 その時、上空に立ち込めていた厚い雲がゆっくりと移動して、雲間から月の光が差し込んだ。月は城を照らし、森を照らし、やがて領地全体を静かな光で包み込んだ。
それを見たラファエルの脳裏に、ある考えが浮かんだ。
 そうだ、覆ってしまえばいいのだ。全てを。この月の光のように、徐々に、静かに、ゆっくりと。 我が闇の勢力は、この領地を覆い、この国を覆い、やがて全世界を覆い尽すだろう。かつて愚かな思い込みから領主を追い立てた南フランスの者共も、自分たちの保身の為に当主を裏切った下らない連中も。
何、多少方法が変わるだけのことだ。世界を作り変えるという元々の目的は変わっていない。ともすればこちらのほうが、邪剣を入手し、それを愚かな貴族共に奪い合わせるという当初の方法よりも、手っ取り早いし確実であるかもしれない。
 「フフ…ハハ…ハーッハッハッハ……!」
ラファエルはひとしきり下界に向かって高笑いすると、怪訝そうな様子でこちらを見ているエイミの顔を抱き寄せ、その額に接吻した。
「エイミ…何も心配することはない。私がお前の未来を創ってみせよう。エイミが自ら生きていける、幸せな未来を……」

 ほどなくして、この地の近辺で流行り病が発生しているという噂が広まった。
狂気に彩られた計画は、徐々に、静かに、ゆっくりと、世界へ向けて広がっていった。





<あとがき>
ラファエル誕生日記念の初小説です。キャリ3のラファエルストーリーを補完するような形で書いてみました。
本家ラファエルのストーリーの中で、二人の体に現れたイヴィル化の症状について触れられている部分があるのですが、その内容がいまいちよくわからなくて… 特に「渇き」というものがどういうものなのかがよくわからないのですが、おそらく吸血鬼が血を欲するような、あるいはナイトメアが「渇く…渇くぞ…」と言って魂を求めるような、そのようなものであろうと私は推測しています。
冒頭のナポレオンの言葉の引用ですが、私の中では、ラファエルは狂人ではあるけれど賢人ではないな〜と。確かに頭はすごく良いと思うんですけれど、賢人とは違うと思うのですよ。一見しっかり構えているように見えて、どこかしら地に足が付いておらず、完璧な未来や世界といったものを追い求めるあまり、目の前の幸せを逃してしまっているような気がするのです。
その性格ゆえに、幸せになろうとしても、どこかしら違う方向に歩んでいってしまう切なさが、この父娘の魅力なのですけれどね。





Text by Yuhki
Background by Paine
2007/11/27

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