肖像画





『朝が昼の証を示すごとく、幼き時代は成人の証となる』
                   ―ジョン・ミルトン―


 南フランスの屋敷に来て一年が過ぎた頃、ラファエルはエイミの肖像画を注文することにした。
 この屋敷で暮らすようになってから、エイミは日に日に成長し、顔色も良くなっていった。これまでの栄養状態が悪かったせいか、同じ年頃の子供と比べると背丈が低いが、それでもこの一年でかなり伸びた。ただ、内面のほうはすぐには変わらないらしく、相変わらず寡黙ではあったが、口を開けば擦り寄りか皮肉の言葉しか出てこない人間に囲まれて暮らしていたラファエルにとっては、それすらも愛しく思えた。
 ラファエルはこれまで、子供の成長というものを間近で見たことがなかった。仮に見ることがあったとしても、身内ですら信用ならない環境にいたラファエルにとっては、特に気をつけてみるべきものではなかっただろう。今のラファエルにとって、エイミが成長していく様子を目の当たりにするのは、非常に新鮮であり、また喜ばしいものであった。エイミと過ごす一瞬一瞬が、とても貴重なもののように思えて、その一瞬を少しでも残しておきたいと思った。その思いから、この近辺で一番腕がいいと評判の画家を呼んで、エイミの肖像画を注文することにしたのである。
 できあがった肖像画は、なかなか見事なものだった。肖像画に描かれたエイミは、実際のエイミと同じく、何を考えているのか窺い知れない表情ではあったが、上等のドレスを着て椅子に腰掛け、大きな瞳で正面をまっすぐに見据えるその姿は、まるで精巧に作られた人形のようで、とても可愛らしかった。ラファエルはその出来にとても満足し、この肖像画を見て懐かしむ将来の自分とエイミを想像したのであった。

 「あの肖像画も、以前の屋敷に置いて来てしまったな…」
 ここは南フランスからはるか東の地、霧深い山中にそびえ立つ古城の一室である。ラファエルとエイミは、かつて二人で住んでいた地を追われ、屋敷を捨ててこの地に落ち延びて来たのであった。
 七年前、名門貴族の当主の身から没落したときに、物に対する執着心がほとんどなくなってしまったラファエルではあったが、やはり最愛の者が描かれた肖像画を手放すことになってしまったのは、少なからず惜しい思いがするらしい。
 暫く物思いに耽っていたラファエルは、ふと、隣で本を読んでいたはずのエイミに目をやった。卓状に置かれた蜀代の明かりが、エイミの閉じられた瞼を映し出している。どうやら本を読むうちに寝入ってしまったらしい。そのエイミの膝の上に置かれてあるラテン語の詩集を見て、ラファエルは、初めて肖像画を描いた頃のエイミが、まだまともに字も書けなかったことを思い出した。
 こんなところで寝ていては風邪を引く。起こそうと思って声をかけようとしたラファエルは、エイミがまだ小さかった頃、よく寝入ってしまったエイミを寝室まで運んで寝かしつけていたことを思い出した。
 久しぶりに持ち上げてみたエイミの体は、あの頃と比べると随分と重くなっていた。そのまま寝室に運んでベッドに寝かしつけると、エイミは微かに呻いて寝返りをうったが、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。両腕に残る重みの名残に、ラファエルは、何ともいえぬ満ち足りた感情が心の中に広がっていくのを感じた。

肖像画は置いてきてしまったが、何、あれがなければならないというわけではない。
俺は、あの頃のエイミも、今のエイミも、これからのエイミも忘れることはないし、何度でも思い出すだろう―





<あとがき>
ラファエルとエイミ、過去と現在の話です。
前半はエイミがまだ小さかった頃、後半はSC3の頃のことですね。
これまで書いたものは、まずストーリーが浮かんで後から題をつけていたのですが、この話に限っては、『肖像画』というテーマがまず先に浮かんできて、それから話を展開しました。
近代になって写真が登場するまでは、絵画は写真の役割を持っていて、肖像画はいわば記念写真や家族写真のようなものであったようです。中世の西洋においては、身に付けるものが身分や財力を明確に反映したため、絵画職人には、服の細かい模様や素材の質感を書き分ける技術が問われたとか。
エイミを溺愛するラファエルのこと、きっと、良いものを沢山着せ、良いものを沢山食べさせ、肖像画も沢山描かせたことでしょう。





Text by Yuhki
Background by RHETORIC
2008/04/06

No reproduction or republication without written permission.





Back